NEWS&COLUMN

ロコノマドからのお知らせやコラムを紹介しています。

シリーズ山と仕事 Vol.3 画家 松本 尚さん 「もう一度向き合い直す場としての山上」

ROKKONOMADに滞在してくれた方とのやり取りから、これからの「山と仕事」のあり方について考えていくシリーズ、その第3弾。今回は画家の松本 尚(なお)さんです。

松本さんは東京都現代美術館でのグループ展や、東京や京都のギャラリーでの個展で絵画作品を中心に発表してきたアーティスト。普段は兵庫県西宮市にあるアトリエで制作をしていますが、今夏、ROKKONOMADのレジデンスプログラムに応募してくれ、2週間のあいだ山上で作業に励みました。

ROKKONOMAD滞在中、ワークスペースで作業をする松本 尚さん。

――どうしてレジデンスプログラムに応募しようと思われたのですか?

大学で美術・デザインの教員もしているのですが、学期の最中だとなかなか自分の制作がまとまって取れない。それだけに大学の夏季休暇は大事な時間なのですが、その期間を使って集中して制作したいと思っている矢先、今回の募集を見つけました。思い切って日常と切り離すことで、より制作に打ち込めるんじゃないかと。また、新型コロナウィルスが蔓延する中、活発に移動することはやはり躊躇する状況でしたが、街なかに向かうのと違って、六甲山上なら人はむしろ少なくなるわけなので、そういう意味でも良い選択ではないかと考えました。

――山の上は集中できましたか?  

はい。びっくりするくらい。私の場合、主にはROKKONOMADをベースキャンプにして、自然の中に出かけてドローイングをするという使い方で、それ自体も快適でしたが、もうひとつ発見だったのは山上にいると自然と自分のこれまでの制作を振り返ってまとめる作業をしようという心持ちになれたことでした。今までもそういう作業はしなくちゃと思っていたのですが、つい日々に流されてしまっていました。ここでは、いったん立ち止まって、自分の仕事を俯瞰的に見れる、そうした節目を与えてもらいました。

六甲山の景勝地のひとつ、ダイヤモンドポイントからほど近い渓流で行ったスケッチ。何度も描くことで本当に必要な線を抽出できるようになるという。 

――滞在期間中は、どんな一日の流れだったか、教えてもらえますか?

晴れている日はまだ他の方たちが寝ている朝5時くらいには絵を描きに出かけていました。コーヒーを一杯淹れて飲んだら出発、というように。カルトン(画板)と画材、それからお弁当と水筒を携帯して。滞在直後に何回か周辺を歩き回って、ここを描く、というスポットを決めていたので、あとはひたすらその場所に通ってスケッチに励みました。描き出すとものすごく集中できるのですが、その分長くて3時間持つかどうかなので昼くらいまで頑張って、弁当を食べ、その後山の中をトレッキングして体を動かしてから、夕方頃に戻ってくる。その後は、先程申し上げたとおり、PCで過去の作品を体系的にまとめる作業をしていました。そして晩御飯を食べて就寝。そんなサイクルでした。

――今回は「渓流」を描こうと決めて場所選びをされたそうですが、それはどうしてですか?

普段から「神話」をテーマにした表現を行っているのですが、六甲山と神話の関係をリサーチしている中で「水」や「浄化」といったキーワードに行き着きました。六甲山上には六甲比命(ろっこうひめ)神社という巨石を御神体とする神社がありますが、ここの祭神は瀬織津姫(せおりつひめ)。水の女神とも言われています。宮水(みやみず)と呼ばれる、灘の酒蔵が酒造りで用いる六甲山系の地下水や、布引の滝を水源とする飲水「KOBE WATER」など、水の恵みとつながった六甲山の祭神です。

昔の人は、圧倒的なる自然と自分との関係性をつかもうとする中で神話を生み出してきました。現代人の私が神話を調べ、そして、描くという行為を通してこの山の「水」と向き合ってみようと思ったのは、「自分なりにもう一度そこにある物事をきちんと知ろう」という気持ちが根底にあるからです。そんなことを思いながら、ひたすら渓流を眺め、何枚も何枚もデッサンを描きました。

私は画家ですが、科学とは違うかたちで、自分なりに、目と手を動かして世界を理解しようと試みているのだと思っています。私は、圧倒的なもの、わからないものと向き合い、それを自分なりに落とし込んだ上で他者と共有するためもの、それが作品なのかなというふうに考えています。

11月5日からは完成した作品の展示もROKKONOMADでしてくださるとのこと。【展覧会詳細はコチラ

――作品が完成したあかつきには、ROKKONOMADで展覧会もしてくださるとお聞きしました。

はい。ROKKONOMADの皆さんからのご好意をいただいて、この山上の空間で展示をさせてもらうことになりました。美術館やギャラリーのホワイトキューブ(※)で展示をするのも好きなのですが、こういう、生活の営みがある空間に作品を掛けるのも大好きなのです。また、今回の滞在は自分の制作を俯瞰して見直す良い機会になったと言いましたが、展示も自分自身の現在位置を再確認するチャンスになるのではないかと思っています。

※ホワイトキューブ……美術館やギャラリーで見られる、天井や壁が真っ白に塗られた作品の展示空間のこと。

――現在は西宮にあるアトリエに戻って最終的な仕上げの制作をされているわけですが、山の上で制作していたときとは心境は違いますか?

そうですね。山の上では非日常だからこそなのか、余計なものに邪魔されずスッと集中状態にも入れたのですが、ここに戻ると生活と一体の場所でもあり、気合を入れないとなかなかスイッチが入れられないということはあります。山の上ではドローイング、そしてここメインのスタジオではそれを作品として完成させていく場所と分けています。それだけに困難で真剣な作業ではあるのですが。気持ちが固まれば調子は上がるんですけど、アイドリング時間が長い。そこが山上と違うところでしょうか(笑)

★展覧会のお知らせ★
2021年11月5日〜11月14日 ROKKONOMADにて開催
画家 松本 尚 個展「記憶の焦点 / Focus of memory」

ROKKONOMADで行われた展示の様子より。

松本 尚プロフィール
1975年兵庫県生まれ。西宮市在住。2000年、京都市立芸術大学美術研究科ビジュアルデザイン科修士課程修了。主な展覧会:2008 年「うずまき」(SCAI X SCAI/東京)、「SENJIRU-infusion」Galerie Kashya Hildebrand(チューリッヒ)、2010 年「MOT アニュアル 2010:装飾」(東京都現代美術館/東京)、2013 年「川越え:キラキラヒカル」(長谷川祐子キュレーション、川越市蔵造り資料館、埼玉)、「かなたのうた」(アートスペース虹、京都)ほか。その他の参加プロジェクト:「現美新幹線:GENBI SHINKANSEN」「APartMENT 8artistリノベーションプロジェクト」(共に2016年)、他。
松本 尚Website

(コラム執筆=安田洋平)