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六甲山で暮らすリアル vol.4 定年から始まる六甲山上ニューライフ
エンジニアをされていた旦那さんと仕事と子育てに奔走した奥さん。2人は学生時代からの昔馴染みで、街の中でずっと暮らしてきた。しかし50代半ば、子育ても一段落して週末六甲山生活を始め、そして夫の定年を直前に控え、六甲山の平屋物件を購入することを決めた。そんな宮園さんご夫婦の現在進行系のストーリーをご紹介します。
転機は定年退職の前年の出来事
宮園さん夫婦が現在の住居である六甲山上の平家に越してきたのは4年前のこと。それまではずっと街暮らしだったが、変わり目は50代半ばになって六甲山の小屋を購入し週末の山上生活を楽しみにするようになってからである。きっかけは奥さんの願望だった。「大きな木の下でのんびりできる家で過ごしてみたかった」。阪急六甲駅の近くで数十年にわたって暮らし、そこで3人の子どもを育てたがひと区切りがついて、そうした週末六甲山生活が徐々に日常に色を添え始めていた。そしていつも通り、週末の山上滞在で散歩を楽しんでいたとき、偶然に平屋の物件を見つけた。ちょうど夫の博さんが定年を迎える1年前の出来事である。
「正直廃墟といって良いくらいの荒れ果てた状態でした。背丈ほどの草に埋もれるようにして家が建っていて、小さく管理物件と書かれていました。50年前に夏の時期の別荘として建てられたけれど長く放置されていたと聞きました」
約450坪の敷地に建っていた古家。木造で骨組みは大丈夫だったが屋根は倒木で潰れ、窓は破損し、配管もひどい状態だった。購入価格は土地含め2000万円台。しかし修繕と改装に掛かる見積もりを出してもらうと購入費用との合計金額は、街なかで新築マンションを購入するのとさほど変わらない費用感だった。
乗り気だった奥さんに押されて旦那さんは購入することに決めたものの、それまでイメージしていた穏やかな定年とは180度異なる慌ただしい日々が押し寄せてきた。まだ1年はサラリーマン生活が残っている。しかし家の改装で妻は業者につきっきり。ずっと山の上に行ったきりなので平日は自分でごはんをつくり洗濯物を回し金曜の夜になったら妻のもとに合流。週末を一緒に過ごしたら夫婦の洗濯物を持って山を降り街の家に戻る。この繰り返し。のんびりするどころではなかった。
「やることがない」定年後の暮らしなんてどこ吹く風
もうひとつの大仕事は資金調達だった。それまでの家に住み続けている状態だったので、住宅ローンは使えない。まず10年間週末暮らしでお世話になった山上の小屋は売りに出すことにした。そして子どもも既に巣立っているので阪急六甲の家の売却も決めた。つなぎの融資はフリーローンを使うことにしたが物件が2つとも売れたので、さいわい借金はなくなった。もちろん退職金も足しにした。こうして購入費と改装費を賄うことができ、資金繰りはなんとかなかった。
そんなことまでしてわざわざ山の上の手のかかる家を買わなくたっていいのではないか。定年退職したら死ぬまで安心に住める街なかのサービス付き高齢者用マンションに入居するという選択もあるじゃないか。事実、宮園さんご夫婦の娘さんはそういうところに家を買って近くに住んでくれた方がありがたかった、と言う。しかし宮園さんの奥さんは言う。「よくあるじゃない。定年したらやることがなくて、朝から晩までぼーっと毎日過ごしているケース。この家に来て、そうならなくて済んだでしょ(笑)」。実際、旦那さんも定年後の気の抜けた感覚というものはまったく味わわずに済んでいる。ここでの日々は庭の手入れ、DIY、ヤギの世話……、いろんなことで体を動かしてそれどころではないからだ。「僕自身はもともとは山登りもしたことがない根っからのシティボーイなんですけどね。最初は妻に合わせた格好だったけど、楽しいし健康的というのが今の正直な感想。以前は高脂血症の薬をガバッと飲んでいるような生活習慣だったんですが、いつからかそれも必要なくなった」
生粋の街っ子が六甲山の暮らしに適応
振り返ってみても、子育て中は街なかの家で良かったと思っている。子どもたちもいろんなところへ出かけやすいし、通わせないといけない場所もある。自分たちも、今のようにネット環境があってリモート勤務が可能な状況ではなかったから、毎日会社通勤をする以上、駅近でありがたかった。
だがそうした人生の段階を過ぎこの家に越してみると、それまで街に暮らしていて当たり前と思っていたことに違和感を覚えるようになった。夏の時期のクーラーが異常に効いた室内と、そこから出たときの熱風。人がひしめきあう道や電車の車内。騒音。確かに、今回山上で購入した家に掛けた費用は街なかのマンションを買うのとさほど変わらないものだったが、広大な敷地、どこを観ても溢れる自然の緑、庭で寝られるのどかさ、モクレンの大木のもとでの木漏れ日、木立越しに聞こえてくるニワトリの声……、それらがここで得られる日常である。
改装は確かに大変だったが、壁塗りから手伝い、レイアウトのプランから自分たちで考えた家には愛着があり納得感がある。
昔からの友人たちもわざわざ向こうから遊びに来てくれる。先日も庭でそうめんパーティーを行ったばかり。街に住んでいたらこんな風に旧友たちが訪ねてきてくれるだろうか?
また六甲山は利便性も備えている。生協も宅配便もアマゾンの配達も街と同じように届く。数年前に光回線も通った。山暮らしの初心者でもちろん心細さや困り事も時にあるが、山上の住人同士が助け合うコミュニティがあり、なにかあればすぐLINEグループで連絡を取り合いアドバイスを求めたり、互いに手伝ったりすることもできる。介護サービスも山上まで回ってきてくれるという。ここで暮らし始めたからといって、もともとは大自然に慣れたタイプだったというわけではない。宮園さんの旦那さんいわく、自分は生粋の街っ子で子どもの時から六甲山を見て育ってはいるものの興味はまったくなかったという。
次の日に何をするかが楽しみ
前述の通り、サラリーマンだった旦那さんの65歳定年退職直前に購入、引っ越してまもなく5年になろうとしている。
「買おうって最初に引っ張っていったのは確かに私でしたが、今や夫の方が楽しそう、と周りからよく言われるんですよ(笑)」と妻の純子さんは言う。
旦那さんいわく、明日しようと思うことをあらかじめ5個6個と箇条書きにして書き出し、さらにそれをどのように行うか、その日の午後いっぱいを使って綿密にプランを練ってから就寝するのが毎日のルーティンだという。そして次の日に起きてそれを一個一個遂行して、完了したら消していく達成感に何とも言えない充実を覚えるという。やることはまだまだいっぱいある。毎日毎日が楽しみで、明日することのために早く寝る。次の朝が早く来ないかな、と思うという。
(コラム執筆・写真=安田洋平)