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六甲山で暮らすリアル Vol. 6 実験できる場所としての六甲山の家

共に建築士でありつつご夫婦でもある、今井康恵さんと岡勇志さん。購入した六甲山の家にて。

今回は「まだ住んでいない」けれど、六甲山で家を購入して通っているご夫婦を紹介します。今井康恵さんと岡勇志さん。同時に神戸の設計事務所で働いている仕事仲間でもあります。2年前、六甲山に建つコンパクトな平屋を購入。以来、仕事の合間を縫って山に来ては少しずつ改修を続けています。なぜ彼らはそんなことを始めてしまったのでしょう?

六甲山の斜面に沿って家々が建つ。お二人はこの界隈にある平屋の一軒家を格安で購入した。 写真提供=今井康恵

山の物件購入は “精神安定剤”?

――お二人共ご出身は兵庫? 

今井:私は兵庫県宝塚市の出身です。中学高校と六甲山の中腹にある学校でした。京都の大学を出た後、デンマーク王立アカデミーの大学院に行き、その後、現在の設計事務所に入って住宅やミニシアターの設計、インテリアデザインなどをこれまで担当しました。   

岡:僕は北九州市の出身です。もともと高等専門学校で機械科に居て、その後熊本大学で建築を学んで今所属している事務所に入ったことがきっかけで神戸に移り住みました。コンペで公共建築の仕事を手掛ける機会も増えて、今は今井さんと一緒に垂水にできる新しい図書館を担当しています。もう完成間近で、今年の開館を控えています。

――神戸市垂水区にできる新図書館のことですね。

岡:4年くらいかかっており、今までの仕事の中でも特に規模の大きい公共建築のプロジェクトです。ただ、とにかく忙しすぎて……。僕はこの計画におけるプロジェクトリーダー的な立場なのですが、一昨年の年末にかけてストレスでかなり精神的にまいっていました。
そんなとき、今井さんが「秘密基地でもつくる?」と、この六甲山の物件の情報を持ってきたのです。

購入した物件の最初の状態。天井はカビがすごかったが壁や床はそのまま使える状態だった。 写真提供=今井康恵

――そのタイミングで?

今井:仕事して帰って家で寝るだけの生活になってしまっていて、立場的に仕方がないことですが、彼はひとりでたくさんのことを抱えていました。仕事に飲み込まれてしまっている様子を打開しなくてはと、息抜きになることを探そうと思ったのです。革小物をつくるとか、植物図鑑を編纂するとかアイデアは他にもあったんですけど、結局私たちの軸は建築だなと。そんなとき偶然目に留まったのがこの六甲山の物件だったのです。山で家を買って、好き勝手に設計するのを趣味にしたらいいんじゃない?と思い至りました。

ウッドデッキは木の腐食がすごく修理が必要な状態だった。  写真提供=今井康恵

――それがいつ?

今井:2022年の年の瀬のことです。冗談めかして、ちょっと見に行かへん?と誘って。 

――とは言え、趣味を探した結果、山上に家を買うという発想はユニークですね。 

今井:彼はモノを直したりするのが好きなんですよ。そして値段も200万円台。私たちにも手が届いた。平面図を見たときにシンプルだけど使い勝手がすごく良さそうだったので、手を入れたら楽しそうだと思ったんです。そんなわけで、自分たちの精神安定のために買いました(笑) 。

高台に建つ平屋。もともとはこの一帯にある保養所群の管理人小屋として建てられたという。  写真提供=今井康恵

この場所に来ると気分を切り替えられる

――実際、買ってみて心境はいかがですか? 

岡:仕事で追い詰められると目の前のことでいっぱいいっぱいになりがちですが、ここに来て街を見下ろすと、街の光のまたたきが一個一個キラキラして素敵に感じられ、心が落ち着いてくる。 “引いて見られる場所”があるって大事だなと。

今井:エスケープできる場所があるのは大きいと思います。実際、家を買ってから心の余裕ができるようになりました。相変わらず仕事は忙しいので改修は購入後2年経ってもまだそんなに進められていないですが、自分たちのペースで楽しんで行えばいい。

家は裏庭付きだが落ち葉や草がすごい。

――建築の仕事をなさっている人としてこの家の活用価値をどう思いますか。

岡:両極をやりたいって気持ちはずっとあったのです。現在行っている仕事のように、たくさんの人とチームを組んで共同で大きなプロジェクトもしたい。でも自分単位でできる小さなプロジェクトもやってみたい。この山の家は後者にあたり、だから楽しいです。

――買って最初に行った作業は?

今:買ったときはカビだらけだったのでカビが付いている材料を剥がしたり拭き取ったりしてきれいにすることから始めました。それから、同じ設計事務所の同僚にも手伝いに来てもらって、皆で天井を剥がしました。いろんな人が「次、いつ?」と楽しみにして手伝いに来てくれます。

設計事務所の同僚にも手伝いに来てもらって、天井を一日で剥がした。  写真提供=今井康恵

――とは言え、値段が破格だったのはワケあり物件でもあったということかと。そのあたりの難しさは?

今井:浄化槽は新規に設置しないといけないので見積りを取ったのですがまだ金額調整が必要です。現状はなんと物件価格より高い(笑) とりあえずトイレはここから歩いて10分のところにあるビジターセンターのものを使わせてもらっています。ビジターセンターのおじさんが水飲み場で水を汲むのを勧めてくれて、美味しい水も手に入るようになりました。キャンプ用のカセットコンロを持ってくれば火も使えてコーヒーも淹れられる。

街だったらお金さえ払えばインフラで困らないし意識することすらもないですが、ここでは逆に生活の一個一個ができたときの嬉しさがある。それらを満喫していこう、そんな気持ちです。

天井を剥がし終わった後の様子。  写真提供=今井康恵

――この家に通い始めて、他にエピソードはありますか?

今井:購入後数か月経ってから気付いたのですが、屋根の頂上部分を塞ぐ棟板金っていう部材が吹っ飛んでなくなっているのを発見しました。屋根のトップの部分に隙間が空いてしまっているためそこから雨が中に入ってカビの原因になっていました。応急措置として棟板金の代わりに透明の波板を打ち付けてみました。偶然ですがそこから差し込む光の感じが面白かったので、もっと強調して屋根のてっぺんから光の筋が室内に差し込むようなデザインにしたらいいんじゃない?というアイデアを二人で話し合っています。

屋根の頂上部を覆っているはずの棟板金(むねばんきん)がなくなっている状態を見て唖然。ご近所さんいわく「それならだいぶ前に風で飛んでったよ!」。   写真提供=今井康恵

岡:屋根には落ち葉や土も積もっていて、そこから芽も出ていたので、屋根に乗って全部落としました。しょっちゅう屋根に上っていますね。 

今井:家と同じ広さの裏庭もあるのですが枝や草が絡まりあっていました。最初からチェーンソーは逆にひっかかって危ないので、ある程度まではハサミで一個一個切るしかなくて、一大作業です。

――大変過ぎません?

今井:でも一個課題を見つけると、次来るときにどんな道具を準備してこようかと話しながら、帰りに二人でホームセンターに寄って道具を買ってテストしたり、そういうプロセスがむしろ楽しいです。

そのままでは隙間が空いて雨が入ってくるため、透明の波板を応急措置で取り付けた。   写真提供=今井康恵

家の使い方のアイデアは何通りも

――忙しいお仕事の合間で作業を行われていると思いますが、完成したらどのように使おうとお考えですか?

岡:自宅でもオフィスにもどちらでもできるような感じにしたいなと思っていますけどね。

今井:実はもうすぐ子どもが生まれるんです。まだ先の話ではあるけど、一案としてここを事務所にして、子どもには六甲山小学校に通ってもらって、山の家に子どもが帰ってきたらその後一緒に山を降りるとか。ありがたいことに六甲山は光回線が整っているので仕事環境としては大丈夫です。

岡:あるいは事務所は街に持って、こちらは週末住宅として使うか。人と関わる時間と、人と関わらずに作業に集中する時間と、どちらも大事ですが、完全に一人きりになるのを街でするか山でするのか。いずれにせよ、自由度が高くいろいろアレンジできそうなポテンシャルがいいなって思っています。

今井さんは「アトリエイマイ」名義で設計の仕事もしており、六甲山上に新たにできる飲食店や保養所のインテリアデザインなども担当した。「六甲山でも仕事が増えていくと嬉しい」。   写真提供=今井康恵

今井:六甲山は郵便局も学校も食料品店もあり、山と言いながら生活するためのリソースがちゃんとあるのでいろいろトライできそう。この1年は山に住むぞとか。一つに決めなくても、柔軟に変えていっていい気がしています。

岡:30~40分で街と行き来できるからいろんな組み合わせが試せそうだよね。

今井:街側の拠点をどこにしよう? 私がもともと住んでいた宝塚でも車なら40分程度で来れるし、今二人で住んでいる灘区の王子公園辺りなら30分台。商店街ライフが楽しいのでそちらを街側の拠点にしてもいいね。

岡:いろんなことを実験できる余地がある。たとえば僕のおじは大工なのですが、高齢で大工を引退するけれど後を継いでもらえる人がいない。大工道具を捨てるのは惜しいというので先日北九州に行って譲り受けてきました。それらを展示したり触ったりしてもらえる「山の上の大工道具館」みたいな活動を山の家でできないかとか。あるいは今、図書館をつくるプロジェクトをしていることもあって、山上で子ども図書館をしたらどうか?など、いろんなアイデアを夫婦で話し合っています。

コミュニティの実験空間

夫婦でデッキを解体中。   写真提供=今井康恵

今井:あと、裏庭とデッキをつなげてサウナをつくる計画を話し合っていて、これは現実に進みそうな気配です。

――この眺めを見ながらの外気浴は最高ですね(笑)

骨組みだけになったデッキ。鉄骨のサビを剥がして錆止め塗料をほどこし鉄骨補強をした後、六甲山の材木を敷いたウッドデッキにできたらと考えている。   写真提供=今井康恵

岡:街にいるとなかなかできないコミュニティの実験をいろいろ試してみたいんですよね。

今井:街なかで固定の家を持つハードルはここと比べたらずっと高い。もちろん賃貸でもいいんですけど、自由にできないじゃないですか。画鋲を押すだけでも気にしちゃうし、そういう心配なしに好きなだけやりたいことをできる楽しさ。場所を持っているってすごくいいなって痛感しています。

初めてこの家でランチをした日の記録。街を眺めながら寿司を食べた。   写真提供=今井康恵

岡:「あの部分はどうしようか」と、喋るネタは尽きない。仕事の後とか、毎日思いを馳せながら夫婦で会話しているだけでも楽しいですよ。 


「kimagure_六甲山上実験住宅」インスタグラムアカウント 
アトリエイマイHP

(コラム執筆=安田洋平)