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山と仕事Vol.9 マウロ・イウラートさん「山上は芸術家向きの場所」
イタリア・トリノ出身のヴァイオリニスト、マウロ・イウラートさんは2009年より神戸の北野町に自宅と音楽教室を構えてきましたが、昨年12月、六甲山に拠点を移しました。また今年5月には六甲山の豊かな森の中にコンサート等ができる野外ステージ「ハルモニアKOBE 六甲山 森のステージ」を開設。森の中でのコンサートを行っています。どうして音楽家が山を拠点にするのか? その動機や展望について聞きました。
――今は暮らしの拠点も六甲山ですか?
完全に引っ越しました。ヴァイオリンやピアノなどを生徒に教えるためのレッスンスタジオを2箇所北野に残してありますが、日々の生活はこの場所で営んでいます。
――マウロさんと六甲山とのつながりはどういうきっかけからですか?
新型コロナウィルスのパンデミックの中でもう一度自然と音楽の関係について向き合うことを意識するようになったのがきっかけです。私は神戸市の「STAY HOME #うちで過ごそう~KOBEの未来のために~」プロジェクトに協力するかたちで、六甲山の森の中での演奏を行い、その様子を配信するという試みをさせてもらいましたが、それを機に接点が増えたのです。またこの期間、私と私の妻、それから自分の子どもも新型コロナの関係で学校が休みになったので、毎日のように六甲山のどこかを6~7時間かけて山歩きしていました。そうするうち夫婦の間で六甲山に家が持てたらいいねと話すようになり、幸運にこの土地が見つかりました。
――ミュージシャンの方々は空調や音響など安定している都市の室内空間の方を好むのではないかという印象も持つのですが、そうでもないのでしょうか。
今の若い人たちは都市しか知らない場合も多いと思いますが、もともと音楽というものは自然から来るのです。自然から与えられたもので音楽はつくられているし、ヴァイオリンにしても木からの魅力が大きい。自然の中にいることでもう一度感性が戻ってくるということもあると思うし、だからこの度野外ステージをつくったのです。
――山の上でどのような活動を考えていらっしゃるのですか?
いろいろなアイデアがあります。六甲山は11月終わり頃から2月いっぱいくらいまでは活動が難しいですが、3月から秋まではイベントを開催することが可能なので、その間に野外ステージでのクラシックコンサートを行っていきたいです。本当はそれだけでなく六甲山上で小さな音楽のフェスティバルがつくりたいのです。山上の拠点同士をネットワーク化し、例えばROKKONOMADや六甲山サイレンスリゾート、風の教会などと連携しつつ一緒にイベントがつくれたら嬉しいです。
――この野外ステージでは、5月のオープニングセレモニーのときクラシックコンサートをされていましたが、これからどういう使い方をされていきますか?
本当は今日もヴァイオリンのコンサートをここで開催する予定でしたが、湿度が80を越えてしまったため、延期しました。梅雨が明けてこのような湿度になるとは今年は特殊ですが、8月くらいに行いたいです。またこのステージはクラシック音楽のためだけにつくったわけではありません。すでにヨガのレッスンやギターデュオのライブに使いたいという申し込みを受けていますが、いろんな方に多目的に使っていただくことを想定しています。森の中ですが、100V・200Vの電源も来ていますし、夜のライトアップもできるようになっています。
六角形のステージとしてデザインしたのは私ですが、これだと真ん中に演奏者、その周りを観客というように、レイアウトを柔軟に変えたりすることも可能です。
――音楽家、とりわけマウロさんのように生楽器を演奏される方にとっては湿度は大敵と思いますが、六甲山の上はその点大丈夫なのでしょうか。
もちろんとても楽器はデリケートですし湿度管理は重要なポイントのひとつです。けれども六甲山上でも梅雨と夏の一時期以外は大丈夫です。70くらいまでは大丈夫、80を超えると良くないので、そういうときはすぐに除湿をオンにします。
家屋に関しては完全にリフォームしていますが湿度のことは十分に考慮してあります。たとえば天井はすべて漆喰なのも湿度を調整してくれるからです。
――マウロさんが運営する「ハルモニアKOBE」ではヴァイオリンを中心にチェロ、ピアノ、フルートなど、クラシック音楽のスクールを開講されていますが、今後は六甲山でもスクールを行っていくのでしょうか。
北野ではレギュラーコースを中心にスクールを行っていますが六甲山上では現在マスタークラスに限定してクラスを行うようにしています。今ちょうどイタリアから、かつてイ・ムジチ合奏団のソリストも務めた著名なヴァイオリニストが来ていて特別レッスンを行ってくれているところです。
――山上は音楽を練習する場所としても良さそうですね。
はい、自然の中では集中もしやすく、またリラックスもできるのでプラスです。都市の中のように余計な音もないですし。何より、培われるエナジーが違います。春、夏、秋、冬……、音楽にとってはそのひとつひとつもすごく大事ですし、一日一日、他の日と同じではない瞬間がここでは訪れます。また音楽を演奏することは体力的にも精神的にも結構大変だから、回復もでき研ぎ澄ますこともできるこのような環境が本当に必要です。山の上は芸術家向きの場所だと思います。
――この場所に来て不満・不便に感じることなどはありませんか? たとえば、携帯電話の電波は少し悪いですね……?
携帯電話を使っての現代の私達のコミュニケーションはいくぶんアディクテッド(中毒)気味な向きも強いと思うので、むしろ山上くらいそこから解き放たれても良いのではないでしょうか。ただ、インターネットは打ち合わせしたり配信したり、活動をする上でとても重要ですが、六甲山上は光ファイバーが通っていますからまったく問題ないですね。
――マウロさんはイタリアのトリノ出身ですが、六甲山の環境は郷里と通ずるものがありますか?
自然の環境は似ていますね。トリノも山に囲まれた街で子どものときは毎週末、山に行っていました。私の叔父は登山家でよく一緒に登りましたよ。ただ、私は母がトリノの生まれで父は南イタリア出身でしたから海も大好き。しかしトリノは海が無くて、その点だけが不満でした。神戸はだから山も海も近くて、完璧ですね(笑)
――マウロさんは日本に来て何年になりますか?
私はもともと2003年に徳島文理大学音楽部のヴァイオリン科にウィーン国立音楽大学より客員准教授として呼ばれたのを契機に日本に来ました。それから2009年に神戸の北野に移り、以来ずっと神戸。日本生活はもう19年半になりました。北野にしたのはイタリア人の友人が勧めてくれたからですが、本当に神戸の人たちはコスモポリタン(注)ですね。外国人とか日本人とかそういう線引きをしないのでストレスがないです。何より、海と山が近いことが素晴らしい。
音楽家として有名になるためには東京に行かないといけないよという助言をこれまで何度となくもらいましたが、私にとっては神戸の環境がベターです。神戸は飛行機も新幹線も、交通網も便利ですから、むしろ私のスクールに通うために、東京や北海道、九州などいろいろな街から来てくれます。
六甲山も、このように都市から山に行くのが身近に感じられる街はないと思いますから、もっと山上に著名な演奏家を招待したいですし、音楽フェスティバルも実現して神戸からだけでなく他の街からも訪れてもらえるような環境を山上につくりたいですね。
注……国籍・民族などにとらわれない国際人のこと
*写真提供=ハルモニアKOBE(記事中の写真すべて)
マウロ・イウラート プロフィール
トリノのG·ヴェルディ音楽院を一年早く最優秀成績で卒業後、C.ロマーノ、F.グッリ、S.アッカルドらに師事。ウィーン国立音楽大学に進みM.フリッシェンシュラーガー教授に指示、同大学のプロジェクトで派遣准教授として来日。大阪フィル、PAC、アンサンブル金沢など著名なオーケストラのゲストコンサートマスターとして多数出演。ハルモニア KOBE(株)設立·同ミュージックスクール代表として世界的レベルの音楽教育を提供。多数のコンクールより優秀指導者賞を受賞する。またモーツァルテウム大学(SOAK)など海外のマスターコースでも定期的に教える。相愛⼤学、兵庫県⽴⻄宮⾼等学校⾳楽科講師。2022年より神戸市中央区文化センター音楽プロデューサー。
HARMONIA KOBEホームページ
(コラム執筆=安田洋平)