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六甲山上NEIGHBORHOODガイド 「ThinkStay Mt. (シンクステイ・マウンテン)」

集中して作業をしたいときに最適なコワーキングスペース兼宿泊の施設が六甲山上に増えてきています。2023年9月にオープンした「ThinkStay Mt.(シンクステイ・マウンテン)」。この場所の一番の特徴はシェアラウンジが数寄屋建築になっていることです。

ThinkStay Mt.のシェアラウンジ。宿泊客は利用可能。その他、時間貸しでデスクワークやセミナーなどで利用することも可能。

出会いと再生

このスペースを運営する森下建築総研の森下修さんに話を伺いました。

――この和風建築は改修とのことですが、ケーブルカーの六甲山上駅から徒歩1分の立地にこんな建物があったとは知りませんでした。

もともと仕事のクライアントが所有されていた物件でした。ただ25年くらいの間まったく使われていない状況でした。
もし興味があればこの場所を有償ではあるが譲るとの相談を受けて、初めて観に来たのが2016年夏です。そのときは鬱蒼とした森に埋もれて家がどこにあるのかすらわからないような有り様でした。
数寄屋(すきや)造りの建物が残っていることは確認できたものの床は腐って落ち、地面が見えているような状態。残っている木の部分も雨風にさらされて黒ずみ、屋根も傾いていました。建具もほぼ外れてしまっていました。

※数寄屋建築……茶室建築の意匠を取り入れた住宅様式。茶事を好む者のことを「数寄者(すきしゃ)」と呼んだことに由来する。借景を考慮した間取りで、室内から四季折々の季節を満喫できる点も特徴のひとつとされている。

昭和17年に建てられた、名工・平田雅哉による数寄屋建築。朽ちかけていたが再生した。

そのような状況で、いったんはクライアントにここはどうにも難しいとコメントをさせていただきました。ただ、その後コロナ禍が来てワークプレイスに対する考え方が自分の中でも変わっていきました。オフィスでもない自宅でもない、サードプレイス(第3の場所)を求める気持ちが増してきて熟考を重ねた結果、2021年にこの場所を譲り受け再生しコワーキングプレイスとして活用することを考えました。

――そして物件の再生に取り掛かられた。

正直、いろいろな工務店に相談をしましたがどこに聞いても難しいという返事でした。
しかし、実はこの建物は熱海の温泉旅館「大観荘」などを手がけたことで知られる数寄屋建築の名工・平田雅哉(ひらたまさや)さんが昭和17年に造った建物なのですが、そのお孫さんが仕事を継いでおり、祖父が造った建物なのでぜひ直したいと仰ってくれました。
正直ここまで戻るとは思っていなかったというのが本音です。もちろん部材の入れ替えも一部行っていますが、残存していた箇所は洗いをかけることでこんなに綺麗に再生されるとは、驚きました。
床は張り直し断熱材も入れました。壁は全体的に左官し直しています。照明器具やテーブルのうち残っていたものは補修をして使い、足りないものはオークションなどで購入しました。

開口部が広く、この場所の環境を最大限に堪能できるつくり。

――茶室などもあるようですね。

当初は夏の季節に、実業家や文化人など特別なゲストを招待して過ごしていただくための山上のゲストハウスだったようです。伝統的な数寄屋建築と言いながら窓の開口の取り方など大胆で、モダニズムのエッセンスも持っている建物だと感じます。
かつてのゲストハウス的な建物が、現在はワーケーション用途のシェアラウンジとして再活用されたかたちとなっています。

街に居るときとは違う、集中できる環境

――宿泊もできるワーケーション施設として運営を開始されたとのことですが、場所の管理をしながらこちらで働いていらっしゃるのですか。

メインオフィスは大阪にあるのですが、私やスタッフが入れ替わりでこの場所へやってきています。奥のスペースで設計の仕事をすることもあります。

床の間、茶室……、このような空間的魅力を持ったコワーキングは唯一無二。一個一個の建具も美しい。 写真提供=ThinkStay Mt.

――ここで仕事をしていて不便はありませんか。

オンラインでつないで打ち合わせもできますから。業務において何が一番重要かと言えば、いかに集中してクリエーションをできるかだと思っています。目の前に自然があることの癒やしはもちろんプラスですが、集中してものを考えられる環境であるということが最大の利点ではないでしょうか。
また街なかではある種の精神的バリアーがあるというか、人との間に入り込めない一定の距離感があると感じますが、山上で会話しているとそうした障壁を比較的感じずにコミュニケーションができるように思います。

木々の緑に埋もれる宿泊棟

平屋建てタイプの宿泊コテージ「atelier HC」 撮影=母倉知樹 写真提供=ThinkStay Mt.

――宿泊棟について教えてください。

シェアラウンジとして使っているこちらの数寄屋建築とは別に、宿泊用のコテージが森の中に5棟あり、ハンモック型のエアベッドがついている平屋建てのタイプ「atelier HC」が2棟、それから3階建ての形式になっているタイプ「atelier VC」が3棟という内訳になっています。3階建ての方は、1階がキッチンや浴室、2階部分が畳敷きの寝室、3階がラウンジ兼書斎です。各コテージ3名まで宿泊できます。個人利用の他、合宿目的など複数人でステイするのも良いでしょう。複数の宿泊棟を一度に借り、シェアラウンジで会議・セミナーをするという企業合宿的な利用も可能です。

「atelier HC」の内観 撮影=母倉知樹 写真提供=ThinkStay Mt

宿泊棟では屋根や壁にポリカーボネートを使用しています。ポリカーボネートは強度もあり、同時に空気層を挟み込んで断熱の効果も生んでくれるので暖かく室内で過ごしていただけます。日中は明るい陽光と木々の緑を感じながら過ごせて、就寝時など暗くしたいときは内側のカーテンを閉めて過ごせます。もちろんエアコンは各棟に設置してあります。
全コテージにスクリーンとプロジェクターもあるので、籠もって映画鑑賞などをしても楽しいと思います。もちろん静かに本を読んだり、考えを整理するための場所として使っても最適です。

3階建てタイプの宿泊コテージ「atelier VC」 撮影=母倉知樹 写真提供=ThinkStay Mt.

――宿泊客にご用意されているミールセットとはどんなものですか?

冷凍のおかずセットです。山上で不便があるとしたら食料の調達だと思うので、温めるだけで召し上がれるものを準備しています。パックご飯や珈琲やスープも用意しています。各棟にキッチンもあるので食材を持ち込んで料理していただいてももちろん結構です。
 
――グループで使うと割引があるのですか?

コテージは一棟貸しで一泊3万円からで、人数で割っていただく計算です。ただ、この場所はある程度長期で滞在してもらうのがおすすめなので、長期ステイ用の割引があります。また平日は週末よりも安く泊まっていただくことができます。
その他、シェアラウンジの利用料に対しては、学割とクリエイター割引があります。文章を書かれる方、イラストなど絵を描かれる方、ウェブサイトの制作者など、こもって制作するものづくりの方にはぴったりの環境です。

宿泊コテージの室内に居ると、森の中に籠もるような感覚に。 撮影=母倉知樹 写真提供=ThinkStay Mt.

――施設利用のバリエーションはどうなっていますか?

数寄屋造りのシェアラウンジは宿泊客が使用できる他、宿泊と切り離して時間貸しもしています。文字通りラウンジとして本を読んだりしてくつろいでいただくのにお使いいただいても良いですし、作業スペースとしてご利用いただくこともできます。その他、グループでセミナーや研修などに使うことも可能です。ヨガのレッスンや茶道などの教室・ワークショップ会場として使用していただいても結構です。スクリーンもあるのでまとまった人数での会議に使ったり、映画上映会を催しても楽しいと思います。

――アクセス面ではどうですか?

六甲ケーブル山上駅から徒歩1分の場所にありケーブルの乗車時間も約10分と短いですから、阪神間の街と直結しています。車の場合、参考例で言いますと、私の設計事務所は大阪の谷町にありますが、そこから1時間弱で来ています。三宮からだと車で約40分程度でしょう。

場所のポテンシャルを引き出したい

ThinkStay Mt.を運営する森下建築総研 代表の森下 修さん。

――この建物の存在を発見した時はかなり傷んだ状態だったとお聞きしましたが、実際にはこのような和風建築の建物が山上にもまだ眠っていたりするんでしょうか?

調査をしていないので確かなことはわかりませんが、昔は六甲登山ロープウェイがあって山上遊園地もあって、一大避暑地と言われて賑わっていたわけなので、どこかに同じような昭和初期の建築があるかもしれないですね。

――ThinkStay Mt.の敷地内にバーベキューなどもできる広場もありましたが、こういう場所では何かイベントの開催なども考えていらっしゃいますか?

敷地内に広場もあり、イベントでの活用も提案いただければとのことだ。

今のところ私たち自身でイベントの企画は考えていませんが、音楽のライブや演劇など、ご提案をいただいた上で、活用してもらえたらと思っています。イベントの後そのまま宿泊してもらって、打ち上げも行うなどワンストップで行っていただけたらいいのかもしれません。サウナも設置できたら良いですね。

――この場所の魅力を改めて教えてください。

六甲山は国立公園なので不必要に木を切ったりすることはできませんし、重機もなかなか入りこめないような場所なので、建物を建てたり改修するのにも制限が多くて本当に大変でした。
ただ、それも含めて環境とどういう風に付き合っていくかということ。本来人間が暮らしていく中で当たり前に向き合っていたこと、忘れかけていたことを再確認しながら、工夫し知恵を使いながら創造していく場所なのかなと思います。都市からこの短時間でこれだけの大自然・景色を享受できるのはすごいこと。ここで思索にふけったり自分を見直したりしながら、クリエイティビティを取り戻す。そんなことができる場所にしていけたらと思っています。

ThinkStay Mt.(シンクステイ・マウンテン)
神戸市灘区六甲山町一ケ谷1-8
https://thinkstay.jp/

(コラム執筆=安田洋平 写真=原さわこ ※文中にクレジットのあるもの以外)