NEWS&COLUMN

ロコノマドからのお知らせやコラムを紹介しています。

NL/TALK 2023シリーズ Vol.1 春山慶彦さん 山に親しむ人が増えることで社会は変わる

5月13〜14日にROKKONOMADにて行われたイベント「HIKE & SWAP ROKKOSAN」の一環として催されたYAMAP代表取締役・春山慶彦さんの講演会。その模様を記事にまとめました。イベントに来られた方も来ることが叶わなかった人も、ぜひご一読ください。

YAMAP代表取締役・春山慶彦さん

自然に目覚めた20代

僕は18歳まで福岡県春日市というベッドタウンで生まれ育って、浪人して同志社大学に進学し4年半を関西で過ごしました。大学が京都でしたので神戸にもよく来ていました。

小さい頃から自然経験豊富な子どもだったかと言えばそんなことはなく、自然に目覚めたのは20歳の頃と意外と遅かったです。
20代の頃自転車で九州1周旅行をし、屋久島にも行きました。屋久島に永田いなか浜という場所があり、そこの近くの旅館で働きながら、海の潜り方や魚の捌き方を旅館のご主人に教えてもらったことが僕の自然体験の原点と言えます。海、山、川……素晴らしい自然をトータルで経験できる場所は世界でも屋久島ぐらいしかないんじゃないかと思っています。

関西でお気に入りの自然と言えば、京都の北山にある芦生(あしゅう)という森です。日本海型と太平洋型の気候が混ざり合う自然条件を観測できる場所なのですが、屋久島に負けないくらい素晴らしい森です。

自然の楽しさに没頭すると同時に星野道夫さんの著作に出会いました。星野さんの著述も写真集も全部見て、アラスカに行きたいという衝動が抑えきれなくなった。だからアラスカ大学に行きました。

狩猟を経験したいと思ったこともアラスカに惹かれた理由でした。イヌイットの村の人々にお世話になって、クジラ猟やアザラシ猟を実際に体験しました。

興味深かったのは、気を抜くと本当に死ぬかもしれないという過酷な海での狩猟において、彼らがGPSを使っていたことでした。生きるって本当に紙一重。デジタルだろうとアナログだろうと、使える道具は何でも使う。それが道具に対する健全な人間の姿勢であると教わったというか。実はこのときの経験が、YAMAPを始めるときのインスピレーションのひとつになっています。

「歩く」というイノベーション

でも、事業を興すなんていう気は当時はまったく持っていなくて、星野さんの著作に出会って以来ずっと写真家になるという夢を抱いていました。写真家になるためにはどうしたらいいかと思ってアラスカから『風の旅人』という雑誌の編集部に写真を送りました。結局掲載されることはなかったのですが、それが縁で帰国してからその編集部で働かせてもらいました。

そこで3年近く働きました。でも30歳になる前にしておきたいと思っていたことのひとつがパウロ・コエーリョの『星の巡礼』という小説の中に登場するスペインのカミーノ・デ・サンティアゴという巡礼路を歩くことだったので、会社を辞め、1,200キロの道を60日かけて歩きました。

春山さんがスペインのカミーノ・デ・サンティアゴで撮影した写真 撮影=春山慶彦 画像提供=ヤマップ

僕は、巡礼には人間の特徴の最たる2つが凝縮されていると思っています。
ひとつは、直立二足歩行。二本の足で長距離歩ける動物は人間以外にいません。
歩くって実はすごいイノベーションで、山歩きを今の最先端のロボットにさせても絶対転ぶと思っています。なぜなら、根を避け手で場所を確認しながら滑るか滑らないかを逐一判断して歩けるって、すごく高度な脳処理、身体処理に他ならないからです。

もうひとつが「祈り」です。祈りには人間の特徴が表れています。
自分が死んだ後も願いを託すとか、そういう長い時間軸で生命を捉えることができる生物は人間以外にはいないんじゃないでしょうか。
だから、巡礼を追求していけば「人間とは何か」に行き着くし、ひいてはあるべき社会の姿を見つけるヒントも隠されているんじゃないかと思っています。

巡礼を経験して重要だと思ったのは、道があると人の行き来が生まれるということです。
モノも情報もお金も落ちるんですよ。

巡礼で一度に歩ける距離ってだいたい20キロから30キロぐらい。そうするとその間隔で街があって宿泊をする。食料はその地域のスーパーで買ってつくって食べる。だから巡礼者が来ることで食べ物や飲み物を買うし、お酒も飲む。地域経済をものすごく豊かにしていたんです。

また巡礼路の街に住む人たちは、マドリードやバルセロナなど大都市へ働きに行かなくたって、巡礼路を守りながら自分が愛している街でちゃんと自立して働くこともできて幸せだという構造を得られている。
だから、歩く旅ってこんなに地域を豊かにすることができるのだと痛感したわけなんです。

ひるがえって、日本ももともとは歩く旅が発達した国だったのに、なぜ皆歩かなくなったのかと。東海道五十三次も含めて、歩く場所のほとんどが車道になってしまって、歩くという旅の形態で地域経済を豊かにできなくなっていることがもったいないと感じます。

なぜYAMAPをつくったか

登山地図アプリ「YAMAP」を使う人々。 画像提供=ヤマップ

星野道夫さんや植村直己さんに傾倒してきた僕は冒険や探検に興味があります。ただし、21世紀においては未踏の地を探すのでなく、自分の足元を宇宙と思って地域を豊かにし、次の世代に引き継ぐっていう方がよっぽど冒険ではないかと、歩いているときに思ったのです。その気づきがあってYAMAPをつくるに至っています。

「YAMAP」アプリの画面の一部。 画像提供=ヤマップ

また3.11を経験して痛感したのですが、日本社会の最大の課題とは「身体を使っていないこと」ではないでしょうか。自分たちが土から離れてしまっていることへの危機感。農業・漁業・林業といった一次産業に従事している人たちが、日本の就労人口の中で200万から300万人しかいない。30~40年前だったら、親戚のうち誰かは一次産業従事者ではなかったか?
僕らはずいぶん前から生命の現場から離れた生活をしてしまっていて、食料やエネルギーに対しても全部他人任せにしてきてしまったんだなととても反省しました。

でも、皆が今すぐ農業や漁業に従事した方がいいのだという、「べき論」をかかげても人の気持ちは動かない。じゃあ何かできないかと自問自答を続けていたとき、山の中でもスマホがGPS機器として使える仕組みを思いつき、登山・アウトドアを通して、都市と自然をつなぐことができたらと思い、YAMAPの事業を狂ったようにはじめました。

YAMAPの企業理念は、「地球とつながるよろこび。」です。
山に行き、自然の中で身体を動かすことで、自分たち自身も生きものであり、自然の一部であるという当たり前の感覚を取り戻すことができたらと思ってます。生きものである感覚を取り戻すということは、スーパーに並んでいる肉とか野菜とか、それらの生命をいただいていると改めて気づくことにもつながります。やみくもに環境教育という言葉を使うのではなく、他の生命と共に生きているという身体感覚を育んだ方が、社会を豊かにできるんじゃないか。

シンプルに言うなら、とことん山にみんなを行かせたら社会は変わるかもしれない。

そしてスマートフォンは社会の窓口でもある。
僕は写真家を目指していたから、正直YAMAPを始める以前はアプリをまったく触ったこともなかったのですが、電車に乗るとみんなスマホばっかり見ていたので、多くの人を山に誘うには、そこから始めるのが近道だと思ったのです。

登山者だけに向けてつくったわけではない

撮影=藤田 育

YAMAPは登山地図アプリですが、別に登山者だけに向けて事業を作りたいと思ったわけじゃなくて、日本に暮らす人たちみんなに向けてつくりたかった。

ただ、第一にすべきだと思ったのは自然を愛する人たちと連帯して、山の価値やその豊かさを社会に向けてちゃんと発信できるようになること。それができれば、それ以外の人たちにもインパクトを与えられるんじゃないか。斎藤幸平さんの著書『人新世の資本論』の中で、世の中を変えるためには3パーセントのシェアがあればできると書いてありました。諸説あるらしいですが、3パーセントであれば、僕たちでもできると思うのです。

「ローカル」の定義とは/流域思考

先程お話した通り、僕の起業の原点は3.11の経験にあるので、食料やエネルギーを地域でどう自給自足していくかに深い関心があります。

でも、ローカルの定義とは何でしょうか。どこまでをローカルと言っていいのか。ローカルとは、福岡市なのか、福岡県なのか、北部九州なのか、九州という島なのか。よくわからなかったんです。

岸由二著『生きのびるための流域思考』 

ローカルの範囲をどういうふうに定義したらいいだろうかと悩んでいた時に出会ったのが、岸由二さんが著書の中で提唱されている「流域思考」という考え方です。

どういうことかと言うと、ローカルというものを県とか市と言った行政が作った区切りで見るんじゃなくて、水の流れの流域で自分たちの「生命圏」を捉える発想です。

山、川、街、海、このつながりが自分たちの流域圏であり、生命圏であり、ローカルである。気候変動というのは、気候が変化することで、水の量や水の流れが変わることでもあります。生命にとってもっとも大事な自然の要素である水から、生命圏を捉えることが今こそ重要です。

撮影=藤田 育

日本中、河川の流域ごとに流域圏を割り出していって、流域圏ごとに食料自給率は何パーセント、エネルギー自給率は何パーセント……と算出する。もし、それらのほとんどを流域外に頼っているとしたら、そこは豊かな流域とは言えるのか。あるいは、その流域の保水力についても調べる。山で木を切った後、保水力が急激に落ちていたら、もう少し木を植えた方が良いのではないか?とか。そういった暮らしにとって大切なことを、流域をベースに可視化できたらと思います。

これまでは山が荒れようが川が護岸されようが、街に住む人の多くは我関せずだったと思うのですが、山、川、街、海のつながりが見えてくるようになれば、自分たちの流域の山や川や海にも、今以上に関心が湧いてくるのではないか。逆に言えば、これまでは流域という考え方があまりなかったので山と街とが分断され、山好き街好きで分かれてきてしまったのではないでしょうか。

YAMAPは今、流域思考に基づいた「流域地図」をつくり始めています。地図というツールは重要です。地図が変わることで、人間の世界認識、モノの見方が自ずと変わると思っています。流域地図で表現することで、流域思考という世界観が多くの人に届けられるんじゃないかと考え、YAMAPで開発しています。今年の夏にはリリースできると思います。

鎮守の森をつくりたい

いずれYAMAPの事業の延長で、森づくりにもチャレンジしたいと思っています。森を拠点にしたオフィスや幼稚園、サウナ温浴施設やキャンプ場、山小屋をつくりたい。
また、森は循環の象徴でもあります。都市の生活の中で特に変えないといけないことはゴミだと思っています。ゴミという概念は自然界にはありません。とくに生ゴミに関しては捨てて燃やすのではなく、回収して資源に回すなどの取り組みをしたい。大規模コンポストを森でつくりたい。

コンポストでできた堆肥を、ゴミを持ってきてくれた人に渡す。その堆肥を使って家庭菜園で野菜をつくったり、森に植樹する苗木をつくったりできれば。循環を象徴するような場所を、YAMAPでつくりたいと思っています。

撮影=藤田 育

僕が尊敬している人の一人に本多静六さんがいます。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、一時はほとんどはげ山状態だった六甲山を森に変えた、その設計図をつくったひとりが本多さんです。

森をつくるということが重要なんです。
日本は雨が降って、木々が生えてくれる。こんな環境は世界的に見て稀です。ただ、自然が豊か過ぎるので、自然への敬意を日本人が失ってしまっている。自然信仰をあれだけ大事にしてきた日本人なのに、戦後の75年で失ってしまっている。

北康利『本多静六 若者よ、人生に投資せよ』

流域思考をベースにして、山と街の間に森をつくりたい。

僕がYAMAPでつくりたいと思っている森のイメージは「鎮守の森」です。鎮守の森の中で、「衣・食・住」という人間の基本的な営みが大事にされ、経験できる場所をつくりたい。YAMAPのこれからのチャレンジです。

春山慶彦プロフィール
株式会社ヤマップ 代表取締役CEO。1980年、福岡県春日市出身。同志社大学法学部 卒業。アラスカ 大学フェアバンクス校野生動物学部 中退。株式会社ユーラシア旅行社『風の旅人』編集部勤務後、独立。 ITやスマートフォンを活用して、自然や風土の豊かさを再発見する仕組みをつくりたいと思い、2013年3月にYAMAPをサービスリリース。アプリのダウンロード数は、2023年6月時点で370万ダウンロードを超え、国内最大の登山・アウトドアプラットフォームとなっている。
YAMAP HP

(テキスト=安田洋平 写真=加藤雄太 ※本文中に撮影クレジットがあるものをのぞく)