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シリーズ山と仕事 Vol.5 アーティスト/アートディレクター ロク・ヤンセンさん「自然が与えてくれるイマジネーションは、人間が与えるそれよりも素晴らしい」

設計事務所、アパレルブランド、ホテルなどの手がけるプロジェクトにコンセプトから関わって仕事をしているオランダ人のアーティスト/アートディレクターのロク・ヤンセンさん。2021年から家族と山上で暮らしています。この場所から国内外のクライアントと、どのように仕事をしているのでしょうか? 

ロク・ヤンセンさんは、自然の印象を、アメリカの物理学者Richard Feynmanの言葉を引用して語ってくれた。「自然が与えてくれるイマジネーションは人間が与えるそれよりも偉大。自然が私たちをリラックスさせてくれるなんて決してない。」 撮影=宇佐美 龍

ロク・ヤンセンさんはオランダ、アムステルダム生まれ。大学時代は建築について学びました。大学時代は中国によく行き、それから日本の大学院でも建築の修士号を取得。その後オランダの建築事務所で働いて、再び日本に戻ってきました。日本ではフリーランスとなり、レム・コールハース率いるOMA/AMOやファッションブランドのPRADA などをクライアントとして、コンセプトメイクから関わるアーティスト/アートディレクターの立場で仕事をしてきました。2013年には東京から芦屋へ家族で移住。さらに2021年春、奥さんのナオコさんがROKKONOMADの施設マネージャーに就いたことをきっかけに、家族で六甲山上に引っ越しました。

——企業の案件に対してコンセプトメイクから関わるアーティスト/アートディレクターは、他の人にはない視点や自分のアイデアストックが問われる立場だと思いますが、六甲山上で生活していて問題はないのですか?

東京にいた頃は展覧会などにもたくさん行っていたし、いろんなプロダクトを観るのも楽しく、そうしたものが自分のアイデアのソース(源泉)にもなっていました。けれども今は仕事の依頼を受ける際に、直接参考となりそうな書籍とかプロダクトとか、そういう物を見ようという気は起きません。どこか狙っていることが読めてしまうというか既視感を覚えてしまうのです。

ロクさんが六甲山を日々歩く中で撮影した写真。

他方、自然は接すれば接するほどに、こちらの予想が及ばないものだと痛感させられます。例えば、私は過ごしやすい日でも悪天候の日でも同じように自然の中に出ていきます。舗装された道を外れて、獣と同じように、山の深いところにまで分け入っていく。そうすると、リラックスと呼ぶような生やさしい気分というより、畏怖・恐怖と呼ぶ方がふさわしい稀有な感情であったり、人の手では到底生み出し得ない、想像を超えた形や構図に遭遇する。線でも色でも、自然が作り出したものはとても複雑で、そのエッセンスを会得するのは難しい。もう一度「見る」「観察する」ことと向きあうところから、クリエイションに取り組まなければいけない。毎回そんな気持ちにさせられています。

こうした生活を送る中で、結果的にクライアントにも違う観点からの気づきや、より恒久性のあるアイデアを提示できている気がします。

イタリアのブランドPRADAの香水「プラダ・インフュージョン」のためのグラフィック。

—— 自然は、予定調和ではないイマジネーションと出会わせてくれる?

自然というのは、晴れたと思ったらその直後にものすごい豪雨に襲われることになるかもしれないし、5分後にどういう状態に直面させられるかわからない。普段の生活では「この辺で良しとしよう」と勝手に決めてしまう癖がどうしてもついてしまいますが、自然の中では自分の限界を超えて思考や体を稼働させないといけない場面が訪れるというか、そういう域に入っていける瞬間がある。対峙していると、「ここまで」と決めてしまわないメンタリティーを培ってくれる気がするのです。

ROKKONOMADのコモンスペースには、ロクさんがセレクトしたアートブックが置かれている。

——一方でROKKONOMADのコモンスペースには、ロクさんがセレクトしたさまざまな種類の画集や写真集などが並んでいますね。伊藤若冲、吉田博、ウォルフガング・ティルマンス、マルレーネ・デュマス……。山上で、こうしたライブラリーに触れられるのは新鮮です。

山上イコール、キャンプグッズと六甲山系の解説本ばかりが並ぶといった、固定観念的な“山小屋”イメージで捉えてほしくないからです。私たちは都市とも近い。山に分け入り、自然、生命、そうしたものの複雑性を知ることができ、そして都市文化のアクセントも得られる。そういう場所であって良いと思っています。

マリオット・インターナショナルが大阪で2021年にオープンしたホテル「W OSAKA」にある江戸前鮨「鮨 うき世」の象徴的なアートピースを制作。

—— 一日のルーティンはどんな感じなのですか?

私のクライアントの多くは国外なので、オンラインでの打ち合わせは夜、もしくは相手がアメリカ在住であれば6~7時とか早朝になります。それより前に起きてプレゼンの準備をしていることも少なくありません。朝のミーティングがなければ、起床してすぐ山を歩いて10時くらいに戻ってきて、それから仕事。そして昼を食べて仕事の続き、という場合が多いでしょう。仕事が立て込んでいるときは山歩きは短いルートになります。時間に余裕があるときは長いルートを歩きます。一日の中で2度歩きに行くこともあります。ここROKKONOMADが何より良いのは、玄関を出れば即山歩きを始められる点です。

—— ルートもたくさんあります。

そう、無数にある。ここから有馬に行って帰ってくるコースなどは2時間くらいなので、往復のコースはトレーニングにちょうど良いですね。

ROKKONOMADのエントランス入ったすぐにところに飾られているドローイング。

—— クライアントとのやり取りはすべてオンラインで?

もちろん案件によっては現場に行くこともあります。必要に応じて組み合わせるし、ファッションショーのアートディレクションをする場合などは、最初にその空間に行かないといけない。でもROKKONOMADから街に出かけていくのはそう不便なことではないです。新型コロナウィルスが出現してから海外にはなかなか行けてないですが……。

リモートに関してはまだオンラインチャットのツールが広く浸透するより前、2013年頃から日常的に行っていたので、もはや当たり前になってしまっています。一人はオランダのロッテルダムから、一人はブラジルから、私は日本から、などといった打ち合わせがいつもの光景です。クライアントの本拠地はニューヨーク、でも今回のプロジェクトの担当者がいるのはイタリアのミラノ、といったケースなども珍しくありません。

六甲山の山頂にて。

—— ちなみに、山には郷里のオランダ・アムステルダムにいた頃から登っていたのですか?

オランダには山はないですよ(笑)大半は海より低い国ですから。山に登るようになったのは東日本大震災があって関西に越してきて以来です。芦屋に住んでいた時から始めて、週2〜4回くらいは登っていました。今でも芦屋時代の山友達には会ったりします。皆、山のベテランでいわば先輩です。あの頃から徐々に自分の中のセンサーが、街よりも自然の中に移っていき、それが日常化していったのだと思います。

(コラム執筆=安田洋平)