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山と仕事Vol.8 全田和也さん「子どもと大人が自尊心を育む場を六甲山でつくりたい」

神奈川県逗子市で未就学児童を対象とした保育園「ごかんのいえ」、「ごかんのもり」、アートスクール「ごかんのアトリエ」を運営する特定非営利活動法人「ごかんたいそう」の代表理事・全田(まった)和也さん。湘南での活動は10年になりますが、昨年から六甲山上と逗子を行き来していると言います。六甲山の環境に魅かれて今後の活動を設計している最中とのこと。ROKKONOMADの近所にある全田さんの拠点に伺って話を聞いてきました。

NPO法人ごかんたいそう代表理事 全田和也さん。六甲山の拠点にて話を伺った。

六甲山に惹きつけられた理由

――全田さんは神戸市出身ですが2012年に「ごかんのいえ」を立ち上げられて以来、湘南で事業を展開されてきました。約1年前に六甲山上にも拠点をつくられたのはなぜですか?

新しく場をつくりたいという意欲が2、3年前からあって千葉の房総半島とか八ヶ岳近辺、長野の安曇野、白馬の辺りなど視察していたのですが、神戸ってどうなのかな? と知人に相談したのがきっかけです。僕は神戸生まれ神戸育ちなのですが、実を言うと六甲山は小学校の遠足で森林植物園に行ったくらいの記憶しかなく、地元でありながらちゃんと知らなかったのです。しかしいざ来てみたら僕が求めていた要素が全部詰まっている。すごく良いロケーションだと感じました。

六甲山、堡塁岩の上で。写真提供=全田和也

――どんなところが良かったですか?

保育園の運営を通してこの10年間、子育てに関わる活動をしてきたわけですが、都市部にこそ課題が多いように感じてきました。でもいきなり大自然の田舎に暮らすことを皆が選択できるかといったらハードルが高い。今の都市生活の延長線上にありつつ、暮らし方や子育ての仕方でちょっと違ったあり方を志向できたらいいのではないかと。

その点で言えば神戸は軽井沢のような環境が六甲山上にあって、しかも車なら30~40分で人口百数十万の都市部と行き来できる。もともとの私の事業拠点である神奈川県の逗子市や葉山町も東京からの通勤圏で大都市の延長線上にありますが、神戸のような人口規模の都市で、これだけの環境変化が短時間のうちに得られるのはすごいというか、そんな街は他で見たことがない。この特徴を生かした独自の場づくりができるのではと、可能性を感じています。

六甲山の拠点で育て始めたカモミール。 写真提供=全田和也

――今までと同じく、保育園をつくっていく活動ですか?

これまでは0歳から6歳の未就学児を対象に保育園をつくり子どもたちと歩んできたわけですが、今はそのひとつ先、つまり小学生年代の子どもたちを対象とした場づくりにも関心を持っています。

もうひとつ、新たに取り組みたいと思っているのは大人に対するアプローチです。これまで私は一貫して自尊心を育む子どもの場づくりをテーマにして取り組んできました。10年という歳月を通じて、そうした場づくりについての経験や気づきも自分なりに積み上げることができてきたという実感もあります。ただ、経験を重ねるうちに「つまるところ、子どもたちが自尊心を育むくらしの場というのは、なんらかの保育・教育メソッドではなくて、一緒に過ごしている大人自身に自尊心があるかどうかに尽きるのではないか」と感じるようになってきました。

六甲山上に点在する池。鏡のように風景が水面に映り込む。 写真提供=全田和也

子どもと大人の「心の力」を育てる場づくり

――どうしたら大人の自尊心や自己肯定感を育むことができるのですか?

私自身まだ手探りしているというのが本音ですが、ひとつは大人自身も子どものように無邪気で無所属で無防備な自分を感じられるような時間を持つことなのではないかと考えています。組織に属する自分、父親としての自分、夫としての……など、大人は常に社会的な立場や関係性の中で生きています。もちろんそれがあるから社会の中でやれているということが言えますが、“そこで求められる自分”が100%になってしまうと、しんどくなって病んでしまうんじゃないか。だから、時々、そうしたつながりや帰属意識から切り離されて、“ただの自分”を取り戻す余地が大人にも必要なのでは。そこで心がリセットできれば、自分にも、子どもや周りの人にも、自然体で向き合えるようになるのではと。

こう語るのは実は僕自身が10年間走り続けてきた中で心も体もキャパシティオーバーになってしまった結果、昨年体調を崩してしまったから。でもちょうどそのときが六甲山に移ってきた直後で、幸いにもここで過ごしながらポジティブにリセットすることができたことが大きかったのです。

六甲山に来て初めての冬。 写真提供=全田和也

――具体的にはどういう場を大人に対してはつくろうと?

「ひととき“無”になる時間をつくれるような」環境を提供できないかと考えています。私は本当に久しぶりに休んで、山上でハーブを育てたり、それでお茶をつくったり、焼き菓子をつくってお茶をしたり、友人と会話をするといった、本当に何気ないひとときを持つようになりました。千利休の侘(わ)び茶に代表されるように、日本の茶の文化には日常から自らを切り離すといった意味もあったのではないかと感じます。危機的な不調が僕の場合にもあったわけですが、落ち着いてお茶をするという山での時間のおかげでかなり回復できた。それはあまり目的性にとらわれず、“ただの自分”に戻れる時間でもありました。

先程言った通り、六甲山は都市部と非常に近い。その利点を生かして「リセット/整える/落ち着かせる」という状況をうまくつくっていけないかと感じています。

神奈川県逗子市にある保育園「ごかんのもり」に併設されたパーマカルチャー農園。 写真提供=ごかんたいそう

――保育、小学校年代のケア、そして大人のメンタルリカバリー。どういう場の全体像につながっていくのでしょう。

神戸と湘南の2拠点生活が続いているのですが、湘南にいるときは、どちらかというと社内メンバーや外部のいろいろな方とミーティングをしたりする時間が多く、神戸にいるときは新しい取り組みの企画やアイデアをじっくり練ったり、オンラインでミーティングをしたりすることが多いです。また、社内のスタッフが逗子から六甲山に来てリフレッシュしてもらいつつ集中的にミーティングをしたりもしていますし、外部のクリエイターの方をお招きして新たな企画やアイデアについて対話もしています。

「ごかんのいえ」「ごかんのもり」では、子どもたちにとって自尊心を育む場になることに主眼を置いて保育園運営を行っている。 写真提供=ごかんたいそう

この1年近く、そんな風に神戸と湘南を行き来しながら新しい暮らしを過ごす中で、具体的に新しい取り組みの可能性も生まれてきまして、今、逗子の南に位置する三浦半島でも新たな場をつくっています。

そこは小学校の子どもたちを対象としたフリースクール的な場所があり、コミュニティに開かれたカフェや図書館があり、畑もあり、ダンスなどの身体表現ができるスタジオがあり……。建物の一部は大人たちが自然を見ながら仕事をできるようになっていて、宿泊もできて、アーティストも滞在できる。ちょっとROKKONOMADと共通していますね(笑) 未就学児も小学生も大人も、国籍も職種もミックスな場所。そこには「茶室」もつくりたいと思っています。

神戸でも六甲山の環境が持つポテンシャルを生かしてこれから少しずつ実践に移していきたいと、考えをまとめているところです。

神奈川・三浦半島でも新たな場を準備中。神戸でも六甲山の環境を生かして少しずつ実践に移していきたい。 写真提供=全田和也

全田和也プロフィール
NPO法人ごかんたいそう代表理事。子どもたちが自尊心を育むくらしの場づくりをテーマに、2012年にNPO法人ごかんたいそう設立。現在、神奈川県逗子にて、保育園「ごかんのいえ」「ごかんのもり」、パーマカルチャー農園、アートスクール等に取り組む。
ごかんたいそうFacebookページ
ごかんたいそうWebsite

(コラム執筆=安田洋平)